【東京移住の経緯】着々と東京転勤を進める日々に、晴天の霹靂

 

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ん?

【その3】は??

 

 

と、 思ってくれる人がいたら超絶嬉しい。

いつも読んで頂きありがとうございます!

 

そうです…

【その3】は一瞬だけ上げて、封印しました。

 

というのも、書きながら怒りが込みあがり過ぎてルサンチマンの掃き溜めみたいになってしまったから(汗)

※ルサンチマン:強者に対し仕返しを欲して鬱結(うっけつ)した、弱者の心。

 

 

要するに愚痴。

そういうのは、読んでて気分悪くなる人も多いかなと思ったので。

 

でも、僕のブログの基本スタンスである「感情のおもむくがままに書く」ことで生まれた文章を、わざわざキレイな言葉に書き換えて更新するのもなんか違うかな とも思った。

それはそれで大事にしたい

だからこその、【その3】は封印。

過去の自分をさらしたくなった時に、アップしようと思う。

 

 

…とは言っても、【その2】からの流れもあるので、その続きから端的に【その3】の内容を述べる。

僕の転勤における会社の対応について、とりわけ以下の2つのことが許せなかった。

 

● 約束の「部長職」じゃなくなったこと

なんというか、ここはどんどんうむやむになっていった(笑)

 

● いつまでたっても給与待遇が明らかにならない

明らかになったのは、退職願を告げたその翌日(笑)

 

 

そして、【その4】へ。

 

6月初旬 日本の賃金労働者らしい特有の美徳意識

時はさかのぼって6月初旬。

さすがに6月には、役職についても給与待遇についても内示があるだろうと信じていた。

(無かったけど)

 

しかし、そういうことは何も聞かずとも、誠意をもって対応すれば向こうもちゃんと誠意で返してくれる と考えているところが俺の甘いところだった。

そしてそれは、自分の待遇やお金のことについてガツガツすべきではないという日本の賃金労働者らしい特有の美徳意識に起因するものでもあったように思う。

 

だから僕はせっせと働いた。

新しい業務のフローをつくり、マイルスト-ンをまとめ、新規採用のリクルーティングをおこなったりした。

東京本社にもよく行った。

 

その間、従来の大阪の営業業務も大変だった。

昨年から続いていたあるシステムの不具合について、半年以上前から「6月1日に必ず復旧させる」と部長陣は豪語していたが結局期日には動かなかった。

またあるいは、法改正によりシステム更改をせまられるお客様たち(その会社の全顧客のだいたい半分くらい)向けの新システムを7月1日にリリースするという話だったが、6月時点でその進捗や仕様書などの詳細情報が全く営業に共有されずお客様に「いい加減にしろ」と言われたりもした。

※その法改正対応の新システムについて、競合他社はだいたい1年程前にリリース済み。
※結局、僕が退職した後の今(9月)になってもリリースされていないらしい。

 

・・・なので、それまでの営業業務についても、後任への引継ぎを前にして辛い仕事をしていた。

 

「早く本社に行って体質を変えなければ」という前向きな思いと、一方で未だに役職や給与待遇が明らかにされないことに関する不信・不安といった後ろ向きな気持ちが入り混じった、なんとも微妙な心境だった。

 

 

6月半ば 晴天の霹靂

遂に東京転勤まで1ヶ月を切った。

その時僕は東京本社へ1週間ほど出張していた。

東京で新しい住まいとなる賃貸物件の内見と、新規採用者の面接対応のためだ。

無事家も決まり、面接も社長をはじめ誰もが認める素晴らしい人材に巡り会えたりと、転勤に向けて会社的には文句のないパフォーマンスで僕は仕事していたと思う。

 

 

…そんな折、大阪でよくお世話になっている人と東京で飲みに行くことになった。

どれくらいお世話になっているかというと、月1回くらいの頻度で夕食に連れて行ってもらっている。

 

 

 

そして会ってから、まずは30分程お互いの近況について話し合った。

東京転勤となったことも報告した。

 

 

そしてこう告げられた。

「うちの会社に来てくれないか?」

 

 

 

 

その人こそが、今勤めている会社の社長である。

つづく

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